産後休暇 6週目 ~Enter by the narrow gate~

前期破水したのが、2017年3月7日(火)の早朝でした。

赤ちゃんの生存は絶望的だと言われ、後期流産が決定的になりました。

3月8日(水)に中期中絶を決めて、

3月9日(木)に中絶の前処置をして、

3月10日(金)に中期中絶処置をして、第2子が死産で誕生しました。

3月11日(土)に退院して、

3月12日(日)に火葬を終えました。

あまりにも突然すぎて、たくさん泣いた、長い長い6日間でした。

出産日の翌日、3月11日(月)から、私は8週間の産後休暇に入りました。

季節の変わり目のせい?体調を崩してしまった

今週は、平日に妹が遊びに来てくれることになっていて、歌舞伎を見に行ったり、平日限定メニューのあるレストランにランチに行く計画を立てていました。

…ですが、みりんちゃんが体調を崩してしまい、私もうつったようで咳がひどくでて、家で安静に過ごすことになりました。

季節の変わり目で昼間は25度以上の夏日、夜は冷えて10度以下という気温の変化に身体がついていけなかったのかもしれません。

娘さんも一緒に平日ディズニーランドに行く計画を立てていましたが、それも無期延期になってしまいました。

2人目についての決心

後期流産(死産)から40日経って、生理が再開しました。

身体はすっかり妊娠前に戻っているつもりでしたが、生理が再開すると、妊娠前に戻ったんだなぁと改めて実感します。

気になるようになった2人目ラッシュ と 2人目を望む理由

保育園で妊娠中?と思うママの姿が目立つようになりました。

人気の2歳差で2人目を産む人が多いだろうから、これからも、目にする機会はますます増えていくのだと思います。

我が子が通う保育園は2歳までの保育園なので、妊婦ママ率が高く見えます。勝手なもので、自分が妊娠中は気づかなかったというか気にしていなかったのですが…。

勿論、「本当だったら私も今頃…」という心のざわめきもあります。

ですが、それ以上に私が心を痛めたのは、”世間一般では2人兄弟が平均的”という社会通年。そんなのは偏見だと違和感を感じながらも、自分がその”普通”、”一般的”、”標準的”な家族から外れてしまうことを恐れているのではないか、という自分の器の小ささでした。

いろんな人生がある、結婚するのもしないのも、子を持つのも持たないのも、それぞれ尊重すべき選択で、個人の自由だと思っているのに、自分が2人目を望む理由は、”もう1人、子供を育てたい”という純粋な気持ちだけでなく、”それが普通だから”なんじゃないか、”みんなと一緒が安心だから”なのかもしれない。そう気づいたことがショックで、悲しくなりました。

今、旦那さんとみりんちゃんがいて、とても幸せです。それなのに、”子供は2人が平均的”だからという理由で、普通の家族構成を求めて、悩んでいるのだと思うと、自分が情けなくなります。

それでもやっぱり2人目を望む理由

勿論、純粋にもう一人子供が欲しいという気持ちもあります。

3年前、不妊治療中の私が、今の私を見たら「既に1人いるんだから、もう十分じゃない」と思ったと思いますし、実際、今でもそう思います。みりんちゃんが可愛くて、仕方がなくて、この子がいてくれることを心から幸せに思います。大変なこともありますが、不妊治療中の悩みに比べたら、幸せな悩みばかりです。

なので、もし、もう一人、産むことができたら、またこんな幸せな時間がやってくると思ったら、やっぱり、もう一人、産みたいと思うのです。

大変さが2倍になっても、旦那さんと一緒だったら乗り越えていけるという自信もあります。

一方で、2人目を望むにあたって、不安も2つあります。

1つ目は、また流産してしまうこともあり得る、無事に産んであげることができるのか怖いという不安。

今回の破水は偶発的なものだったので、再発する可能性はかなり低いと言われています。けれど、子宮頚管裂傷と妊娠を繰り返していることによる早産リスクは次回以降もあるそうです。今回の件で、流産、死産について調べているうちに、流産、死産のリスクは多数あり、無事に産まれてくることができなかった赤ちゃんが、世の中には私が想像する以上にたくさんいること知りました。

そして、2つ目は、そもそもまた妊娠できるのかという不安です。

今回の自然妊娠は、幸運が重なって生まれた奇跡だということは自分自身が一番よくわかっています。そしてそんな奇跡がもう一度起こることを期待しているだけではいけないということも。年齢的にも、2人目を望むのであれば、早く治療を再開したほうがよいことは明らかです。それは、またあの出口が見えない暗いトンネルに入っていくことを意味しています。

それでも、後悔したくはないから、やっぱり挑戦したいなという気持ちが固まってきました。

もう流産や死産で辛い思いはしたくないから、子供は諦める?

不妊治療に時間とお金を使って、それでも結果が伴わない時には落ち込むのは嫌だから、子供は諦める?

そう問われた時、答えは、「まだ諦めたくない!」です。

この産後休暇中に、ブラックな気持ち、モヤモヤした気持ちを反芻して、言葉にして、ブログに書き出すことで、導き出せた結論です。

以前は、「子供は?」と聞かれたときに、「夫婦2人での生活が楽しいので、子供はどちらでもいいかなと思っています」と答えていました。「それに、子供は少し苦手なんです」とも

子供が苦手なのは事実でしたが、「子供を望んでいるのにできない可哀そうな人」だと思われたくなかったのが一番の理由で、望んでも叶わなかった時に立ち直れないほど傷つくのが怖くて、「居なくても大丈夫」と自分にも言い聞かせていました。

今は、「子供はとてもかわいい、やっぱりもう一人ほしい」と素直に言えるようになりました。経過に一喜一憂するのではなく、心を込めて淡々と、2人目治療を再開したいと思っています。

Enter by the narrow gate 狭き門を行け!

中学生の時からもう20年来、嬉しい時だけでなく、悲しい時、辛い時、いつもB’zの曲と一緒に人生を歩んできました。今回もやっぱり、たくさんパワーをもらいました。

”楽な道を進むのではなく、苦労を覚悟して狭き道を進め”

稲葉さんが、ここ数年、よく歌詞にしているメッセージです。

ツアー中のシャツや自身の持ち物にもさりげなく”Enter by the narrow gate”という文言を刻んでいるので、座右の銘なのかなぁと思います。

ファンの私は、当然、この言葉にも影響を受けています。

人生、生きていれば悲しいこともたくさんあるけれど、涙がぼろぼろこぼれることだらけでも、それでも前に進むしかない。”楽な道を進むのではなく、苦労を覚悟して狭き道を進め”、完璧に見える稲葉さんがそう言うなら、本当にそうにちがいないんだろうなと思います。

B’zの曲は私にとってお守りみたいなもの。ずっとB’zの曲を聞いて、生きてきて、信じて、乗り越えてきて、その先に幸せなことがたくさんあったから、今回も、この先きっと大丈夫に違いないと思えます。まだまだこの先の人生で、悲しいことも、沢山あるだろうけれど、幸せなこともたくさんあるに違いない。そんな前向きになれるパワーをくれます。

「デッドエンド(B’z)」

夢を失くして 戸惑うのは 無駄なことじゃない
今までやってきたことは まだやめちゃいけない
振り切らなきゃ いつまでもその先は見えない
臆病なことなんて 今さらもう隠さない
行き止まりさえもひっくるめ これこそ愛すべき我が道
(2011 アルバム「C’mon」)

「ユートピア(B’z)」

涙流すだけじゃ足りないよ
Now is the time 狭き門を行け
失望は新しい発見を産み落として 僕を試すよ
時間なんていつだってないもの 大人ぶらないでやりましょ
(2013 アルバム「B’z The Best XXV 1999-2012」)

「Golden Road(稲葉さんソロ)」

信じた道なら行けばいい
震える心を知ったらなら 血が滲んでも少々痛くても
行先を疑うことなかれ

信じた道なら行けばいい
涙がぼろぼろこぼれても
たとえその途中でぶっ倒れても
そこで命が燃え尽きても

信じた道だけ行くために
僕らは生まれて来たんだろう
輝く瞬間を知るために
暗闇を駆け抜けてゆくんだよ
(2014 アルバム「Singing Bird」)

ストイックな稲葉さんの歌詞を聞くと、弱い自分の心を見透かされているようで、自分はまだまだだなぁと、背筋がピンと伸びる気がします。

特に「Golden Road」は不妊治療中に、たくさん泣きながら聞いた曲。この曲を聞いて、涙を流すのは久しぶりでした。当時を思い出す気持ちと、今の自分に重ねて、「また頑張ろう」という決意の涙です。

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