産後休暇 4週目 ~経験した人にしかわからない気持ち~

前期破水したのが、2017年3月7日(火)の早朝でした。

赤ちゃんの生存は絶望的だと言われ、後期流産が決定的になりました。

3月8日(水)に中期中絶を決めて、

3月9日(木)に中絶の前処置をして、

3月10日(金)に中期中絶処置をして、第2子が死産で誕生しました。

3月11日(土)に退院して、

3月12日(日)に火葬を終えました。

あまりにも突然すぎて、たくさん泣いた、長い長い6日間でした。

出産日の翌日、3月11日(月)から、私は8週間の産後休暇に入りました。

外に出るようになって感じること

4月になり新年度が始まりました。

納骨を終えてから、一気に日常生活に戻った感じがします。

退院してから2週間後の検診で問題なしと言われてからは、家に籠っているばっかりではなく、出掛けるように心がけています。

外に出掛けるようになって、リフレッシュできるメリットもあるのですが、外出先や保育園で赤ちゃんを連れたママ、お腹が大きな妊婦さんを見ると、どうしても、私も本当だったら今頃…と思ってしまいます。

ベビーグッズやベビー服にも目が行ってしまうのですが、「夏産まれだから、最初はこんな半袖ロンパースを着てすごしたんだろうなぁ」「こういうの買ってあげたかったなぁ」「でも、もう要らないんだよなぁ」と、落ち込むこともありました。

きっと、7月の予定日までは「本当だったら今頃〇ヶ月…」と思い、7月が過ぎてからは「もし元気に産まれていたら今頃〇ヶ月…」と考えてしまうんだろうなぁと思います。

ブラックな自分とまた向き合うことになった

こんな風に妊婦さんのことが羨ましいと思うのは、約3年前の不妊治療中以来のことです。

不妊治療をしていた頃の「なぜ他の人は簡単に1人目、2人目と妊娠して出産しているのに私だけ…」という気持ちは、出産後2年近くたった今でも、昨日のことのように覚えていて、思い出すだけで心がチクチク痛みます。

あれから約3年経って、やっと”他の人と比べない人生”を歩めるようになったと思っていたのに、またこんな風に自分を誰かと比べて、落ち込む日々が戻ってくるとは思っていませんでした。

私はいつこの壁を乗り越えられるのか。

不妊治療をしていたのが、もう3年も前だということにも驚きます。みりんちゃんを妊娠してからもう2年半が経つなんて、早いなぁ。この2年半は、幸せなことしかなかった。それが、幸せなことすぎたのかもしれません。人生はそんなに甘くないんだよ、と思い知らされた感じです。

不妊治療中は、流産さえも羨ましかった

流産は一定の確率で起こるもので、私の年齢だとその確率は15~20%とけっこう高い割合です。特別なことではないという認識はあったつもりです。

不妊治療中、みりんちゃんを授かるまでの数年間、私は1度も着床したことがありませんでした。流産以前の問題です。

当時は、”流産する”=”着床している”のだから、流産しても、また妊娠する可能性があるということじゃない?と、流産は不妊よりマシだと思っていました。妊娠できる身体であることを羨ましいとさえ思っていました。

初期流産したという友達の話を聞いて、「初期の流産は一定の確率で起こるもの、仕方がないことだって言うしね、また授かれるといいね」と言ってしまったことがあります。

その時は、励まそうと思って言った言葉だったけれど、その友達のことを傷つけていたのかもしれないなと反省しました。

私は、自分のモノサシ(経験)でしか物事を捉えられていなくて、友達の気持ちに全く寄り添えていなかった。

今回の私の後期流産も、1.5~2%程度の確率で起こることのようです。他の人から見たら、初期流産より3~4ヶ月だけ時期が進んでいるだけで、”流産はよくあること”の範疇なのかもしれません。

経験した人にしかわからない気持ち

 私は、不妊治療をしていたことを、リアルな友人には、ほとんど伝えていません。特に、自然にポンポンと1人目、2人目と続けて産んでいる(ように見える)友達には、絶対にわかってもらえない気持ちだろうなと思っていたので、話すことができませんでした。

わかってもらえないであろうから、話をしても無駄だと思っていたし、変な同情をしてほしくなかったので、話をする相手を選んでいました。自分に共感してくれるだろう人にしか話ができなかったのです。

時々、自分から「子供を不妊治療で授かった」「不育症の検査をして、治療をしている」「なかなか子供ができない」という話をしてくれる友人がいて、自分のことを包み隠さずに話せるのはすごく勇気があることだなって思います。

なので、そういう時には、「実は私も…」と私も自分の話をするようにしていました。特に、「なかなか子供ができない」という話をしてくれた友達は、不妊治療に踏み出すことを迷っていたり、治療中に結果が伴わずに悩んでいることが多く、私の経験(不妊治療をしてよかった)を伝えたいなと思うからです。

ただ、今回の経験を経て、少し気持ちが変わったのは、人は自分が経験したことでないと、その気持ちはわからないのだとしても、これから生きていく中で、人と接するときは、自分が経験したこと以外にも想像力を働かせて、人の気持ちに寄り添うことができる人間になりたいと強く思うようになった点です。

不妊も、流産も、他の経験と比較できるものではなく、どちらも赤ちゃんを産みたいという願いが叶わなかったのは同じです。

死産や生後間もなく亡くなってしまう赤ちゃんもいます。元気に産まれてきても、事故や災害で幼い命が奪われることもあります。それらは一つ一つ個別の命であって、他の命と比べるものではない、比べてどうこう言うことはナンセンスだと、やっと、やっと腹落ちしました。

人の気持ちに寄り添える、強く優しい人になりたいものです。

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