産後休暇 1週目 ~退院後のこと~

前期破水したのが、2017年3月7日(火)の早朝でした。

赤ちゃんの生存は絶望的だと言われ、後期流産が決定的になりました。

3月8日(水)に中期中絶を決めて、

3月9日(木)に中絶の前処置をして、

3月10日(金)に中期中絶処置をして、第2子が死産で誕生しました。

3月11日(土)に退院して、

3月12日(日)に火葬を終えました。

あまりにも突然すぎて、たくさん泣いた、長い長い6日間でした。

翌日、3月13日(月)から、旦那さんは会社へ行き、みりんちゃんは保育園へ行き、日常席活に戻りつつあります。

産後休暇に入った私は、昼間は家で一人…。

産後休暇について

妊娠12週以降であれば、中絶、流産をした場合も”出産した”とみなされ、産後8週間の産後休暇を取得しなければいけないそうです。12週以降は役所への死産届の提出や火葬・納骨が必要だということも含めて、今回の件で初めて知りました。

この産後休暇は、労働基準法で決められた必須の取得で、取らないという選択肢は会社的にNGらしい。私の場合、3/10(出産日)の翌日(3/11)から暦歴で8週間なので、5/5までが産後休暇となりました。次の出社はGW明けになります。

産後休暇中は会社からの給料はなし(無給)ですが、健康保険組合から”出産手当金”として、1日につき「標準報酬日額の3分の2に相当する額」が支給されるそうです。

給料は2/3になりますが、社会保険料の支払いが免除になるので、実質は給料相当の支給がありそうです。※要申請

お金の心配をしなくても良い点はありがたいです。

さて、次の悩みは、8週間もの長い期間、何をして過ごそうかということ…。

産後休暇 1週間目 ~ひたすら家でのんびり過ごす~

3月13日(月)から、旦那さんへ普通に会社へ行き、みりんちゃんは保育園へ行き、月~金まで平日の昼間は一人で過ごしました。

経過健診がある2週間後までは、自宅でのんびり過ごそうと思っていたので、近所のスーパーと保育園のお迎え以外は外出していません。

1週目は、毎日ノーメイクでした。

初日は、母と妹に電話をして、ゴールデンウィークの帰省の話を相談したり、頭を使わずにできる作業をしたくて、ずっとできていなかった写真の整理をしました。時期ごとにフォルダ分けをしたり、ボケている写真を削除したり、ひたすら過去の写真を整理…。

2日目からは、iPhoneのメモ帳につけていた記録をこのブログに書き直しました。

気持ちを整理することができて、書いてよかったと思います。

入院中はなるべく考えないようにしていた病院に対する不信感についても、反芻して、文章にすることで、何がモヤモヤポイントだったのか、なんとなく見えてきました。

(もし、また妊娠することができたら同じ病院を選択するかは迷うところではあります。家から1番近くて、設備も整っているところは魅力的だけれど、今回の件で感じた医師への不信感とスタッフ不足感は不安要素でしかない。とはいえ、近辺に同じ規模の産婦人科はないので選択肢はないのかもしれません。)

それから、2週間後の健診で聞いておきたいこともまとめておきました。

あとは、1人の時にしかできないなぁと思い、B’zと稲葉さんの曲を聞いて、DVDを見て、心のままに涙を流して、過ごしました。涙活っていうんですかね、泣くとやっぱり最後は少しすっきりします。

これまでの人生で、楽しい時も嬉しい時も辛いことがあった時も、いつも聴いていたB’zの音楽。稲葉さんの歌詞と歌声、そして松本さんの作るメロディーとギターの音色に何度も救われてきました。

産後休暇に入ってから、今回のことが発覚して以来、初めてB’zを聴きました。入院中もイヤホンを持って行ったのだけれど、なぜかiPhoneに入っている曲を聴く気分にはなれなかったんです。産前は、音楽を聴くより赤ちゃんがいるお腹を触っていたかったし、産後もしばらくはそんな気分になれなかった。

自宅に戻って、1人でゆっくりお気に入りの曲を聴いて、誰の目も気にせず静かに泣くことができて、「こういう時間を過ごすことができるようになったということは、やっと少し回復してきているんだな」と感じました。

私のことを心配して、旦那さんは毎日、定時で帰ってきてくれました。

私とみりんちゃんが寝たあとで家で仕事をしていたので仕事には差し支えなかったはず…。

みりんちゃんが起きている間は、普通に過ごそうと意識していたけれど、みりんちゃんが寝た後は、無理して元気でいなくてもいいかなと、旦那さんと2人で居ても何も話す気にならず、ぼーとしていた日もありました。

1人で過ごす昼間よりも、静かな夜のほうが精神的に辛かったです。

深夜に目が覚めてから眠れず、隣で眠る2人の寝息を聞きながら、「なんでこうなっちゃったんだろうな」と、しても仕方がない後悔をして、涙が溢れました。

退院してからしばらくの間、よく眠れなかったけれど、昼寝をするとますます夜眠れなくなってしまうと思い、昼寝をしないでいたら、だんだん夜も眠れるようになってきました。

時間は山ほどあったけれど、家事を頑張る気持ちにはなれなくて、夕食は毎日手抜きメニューでした。

それから、3連休だった週末は、お彼岸だったのでお墓参りへ行き、納骨を4/2に行うことを決めました。

1週間後からはおでかけも開始しました。流産前から予定していたキッズ芸能体験を観に、能楽堂へ。この日はとても良い天気で、久しぶりにみりんちゃんをたくさん抱っこして、家族3人で笑って過ごせたかな。

友達と会う約束もあったけれど、その予定は全部キャンセル。まだ友達と普通に話せる心の余裕はありませんでした。会う約束をしていた友達にはLINEで死産のことを伝えました。

他の友達にも伝えないとなぁ、何て言おうか…といったことも考え始めました。時期は、すべてが終わってから、納骨が終わってからにしようと思っています。

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