【育児試練期:1歳10ヶ月】不安定な心の連鎖 と 家族の絆

「育児が大変だなぁ」と落ち込んだのは、娘さんが産まれてから4回目のことです。

1回目の育児試練期は生後8ヶ月でした。
⇒ 【育児試練期:生後8ヶ月】突然の号泣が続いた日々のこと

2回目の試練期は、1歳3ヶ月の時でした。
⇒ 【育児試練期:1歳3ヶ月】思い通りにいかないと不機嫌モード全開!

3回目の試練期は、1歳5ヶ月の時でした。
⇒ 【育児試練期:1歳5ヶ月】初めて怒鳴ってしまった日のこと

その後も、1日単体で見れば、「今日は大変な一日だったな」という日は、多々ありました。

けれど、「あぁ、また今日も大変だった」と思う日が何日も続いたのは、生後1歳3ヶ月の時以来、3回目でした。

第2子を妊娠6ヶ月で後期流産してしまった直後のことで、私の心が不安定だったことも大きな原因の一つだったと思います。

そんな1歳10ヶ月の春の記録です。

家族にとって、とても悲しい出来事がありました

 第2子を妊娠6ヶ月で流産してしまいました。突然破水が起こり、お腹の中で赤ちゃんが成長することができなくなってしまったのです。安定期を過ぎてからの流産だったので、通常のお産と同じように入院して分娩しました。21週での死産でした。

辛いつわり期間を乗り越えて、安定期を過ぎて、ようやく妊娠生活を楽しめるかなと思っていた矢先のことでした。妊婦健診ではずっと「順調です」と言われていたので、何の予兆もありませんでした。

性別も女の子だとわかり、夏には娘さんに妹ができて、4人家族になる、そんな幸せな日をリアルに想像しはじめていたのに、突然、赤ちゃんはいなくなってしまいました。

しばらくは状況を受け止めることができず、私の心は不安定でした。

私の入院中、パパと2人の生活で、困らせることがほとんどなかったそうです

私の入院中、5日間は、パパと2人きりの生活でした。

朝7時から一番のりで保育園に預けられ、お迎えの時間もいつもより遅くなり、娘さんにも負担があったはずと思います。

なのに、泣いたり、愚図ってパパを困らせることがほとんどなかったそうです。

朝起きて「ママ?」と何回かママのことを探したけれど、いないと分かると、その後は、普通に朝ごはんを食べて、保育園に行ったそうです。

夜も、パパと2人でご飯を食べて、お風呂に入って、すやっと寝たそうです。

娘さんが産まれてから、別々の夜を過ごしたのは初めてのことでした。

ママがいなくても大丈夫かな?と心配していたのですが、大丈夫だったみたいです。

笑顔でご飯を食べている動画が送られてきて安心しました。と、同時に”ママが居なくても大丈夫なんだ…”と少し寂しかったのですが。

娘さんも、私たちが思う以上に色々なことを感じ取っていたんだと思います

私が退院して、自宅に戻ってからも、それまでとは違う、重くて悲しい空気が流れていたと思います。

娘さんの前では泣かないように頑張っていましたが、やっぱりすぐに気持ちを切り替えることはできなかったし、娘さんと遊んでいても、ふとした瞬間に亡くなった赤ちゃんのことを考えて泣きそうになっていました。

この数日に何が起こったのか、娘さんには何もわかっていなかったと思うのですが、不思議なもので、病院や斎場で、大切な時間は、ずっと静かにしていてくれました。

私たちが泣いている時には、こちらを見ませんでした。明後日の方向を見ていました。

火葬や納骨の手続きなど、深刻な話をしている時には、1人で遊んでいてくれました。

火葬を終えて、斎場を出た瞬間に愚図りだしたので、”騒いではいけない場所と時間”をわかっていて、娘さんなりに気を遣って、我慢してくれていたように感じました。

甘えん坊からのイヤイヤ…

一連の手続きが終わって、翌週から日常生活に戻ると、徐々に娘さんの様子が変わってきました。

「抱っこ!」と両手を広げて駆け寄ってくることが増えたのです。夜寝る時も「ママ!いっしょ!ねんね!」と、甘えてくるようになりました。

私の妊娠中は、パパと2人で問題なく寝てくれていたし、入院中も、ママがいなくても大丈夫だったのに、”ママと一緒に寝たい”と言ってくるようになったのです。

いつもは自分の布団で寝るのに、私の体や枕に頭を乗せてきたり、ぐいぐい近づいてきたり、スキンシップを求めてくるようになり、やっぱり我慢してくれていたんだなぁと思いました。

甘えだけだったら、私も存分に付き合ってあげようと思いました。

妊娠中は満足するまで抱っこしてあげられなかった分、たくさん抱っこして、存分に甘えさせてあげたいと思っていました。

けれど、甘えにプラスして、偏食が悪化してご飯を食べなくなり、夜なかなか寝ずにはしゃぎ、夜寝るのが遅いと朝起きらなくなり、思い通りにならないとちょっとしたことですぐ愚図る…と、”育児の大変”が一気にドドドッと重なってきました。

何をしても泣き止まないことが続き、ついに怒鳴ってしまった…

私がキレてしまったのは、2日連続で夕食中に飽きて遊びだし、麦茶をぶちまけられた翌日のことでした。(牛乳じゃなかったのがせめてもの救いでした。)

この日も思い通りにならないとちょっとしたことですぐ愚図っていました。保育園から帰ってきて、夕食を準備している間、型はめのオモチャがうまくできずにイライラ。こっちのオモチャで遊んだら?と渡したトーマスのオモチャをうまく接続できずに更にイライラ。「抱っこー」とキッチンに来たので、片手で抱っこしながら、片手で夕飯を仕上げていたら、なぜか、ついに泣き始めてしまったのです。

お腹が空いたのかな?ごはん食べ始めたら機嫌が治るかな?と急いでご飯を準備したけれど、大好きな納豆ごはんも食べずに泣き続けている。

大好きなアンパンマン体操の動画を見せてもダメ。

歌ったり、話しかけても、無視して泣き続ける。

椅子から降りたそうに暴れるので、椅子から下ろしたら、椅子に座りたいと椅子へ駆け寄る。

何かを求めて手を伸ばしているけれど、何を手渡しても”違う!”と泣く。

30分近く手を尽くして、格闘したけど、あまりにも何をやってもダメだった。

ヒートアップする泣き声に耐えきれなくなり、ついに、「一体、何が欲しいの?どうしたいの?」「もう、うるさいよ!」と怒鳴ってしまった。

もちろん、これで泣き止むはずはなく、更に泣くだけ…。

そうこうしているうちに、帰って来た旦那さんに娘さんのお世話をバトンタッチしたら、なんと、10分足らずで泣き止んだ。

なんで私ではダメだったんだろう。

悲しくて、理不尽で、娘さんのことを睨んでしまったら、「怖いよ、睨むのやめてあげて。これからも理由がわからず泣くことはあるんだろうから」と旦那さんに正論を言われ、さらにキレてしまった。「もう嫌だ!ずっと泣き止まなかったんだよ?怖いんだったら、優しく接してあげられる人が面倒みてあげて!」と怒鳴り、部屋から出てきてしまった。

こんな風にイライラが抑えられなくて、感情が抑えられなくなって、娘さんに怒鳴ってしまったの2回目のことです。

娘さんのこと大好きなのに。まだ生まれてから1歳10ヶ月で、自分の感情をコントロールできない赤ちゃんが相手なのに。だめだなぁ。自分。

私の心に余裕がない時に、 何をやっても泣き止まな時が重なったら、今後もまた爆発してしまうかもしれない。

この日、パパが帰ってきてすぐに泣き止んだ娘さんは、ケロっとして、笑顔でお風呂に入って、「ママ いっしょ ねんね」と何事もなかったように一緒に寝ようと私を誘いにきてくれて、そんな姿を見ると、ますます自己嫌悪に陥りました。

娘さん、これまで数ヶ月ママに甘えられなくて、我慢してきた気持ちが爆発したのかな。

それから、何をやってもダメな時は、最後の手段は放置することに。私のイライラは減るけれどこれでよいのか…。

その翌日以降も、ささいなきっかけからの号泣は続きました。

・パジャマのズボンから保育園用のズボンに着替えさせようとしたら号泣。可愛いよとおだててもダメ、自分で好きなズボンを選ぼうと誘ってもダメ…。

・爪切りハサミを自分で使いたいと号泣。

・おしりふきの中身を全部だしたいと号泣。

先日、怒鳴ってしまったことを後悔してからは、もう怒らないようにしようと思い、何をやってもダメな時、最後の手段として、しばらく放置することにしました。心を無にして、泣き声を無視するのです。

泣いていても10分くらい放置して、それから「アンパンマンの動画みよっか?」「イチゴ食べよっか?」と話かけると、高確率で泣き止みます。

一方で、これで私のイライラは減るけれど、この方法を続けてよいのか…。泣いているのに無視されることで娘さんの心を傷づけてしまうのではないか、という別の悩みも出てきました。

また、娘さんのイライラの原因になるようなオモチャを近づけないようにしました。簡単にできないパズルには触らせない、中身を出したくなるおしりふきやティッシュは手の届かないところに置く、機嫌が悪くなる前に気分転換を!と必死で娘さんの顔色を伺うようになり、こうやって先回りして気を遣うのは、なんだか違うような…という新たな悩みも出てきました。

乗り越えることができたきっかけ

私の考え方が変わったきっかけになったのは、漫画家・西原理恵子さんが書いている漫画「毎日かあさん」で、「子供が小さいころを思い出して」という回で出てくる言葉に出会ったことでした。

家事なんかしなきゃよかった
家なんてもっと汚くてよかった
洗たく物もためちゃえばよかった
食事なんか手作りすることなかった
あんなに抱っこして欲しがったのに
もったいないことしちゃったなぁ

「2歳 イヤイヤ期 対応」といったキーワードで検索して、辿り着いたサイトやブログで紹介されていました。

この言葉、本当にその通りだなと思いました。このブログを書くために数か月前、半年前を振り返っているだけで、娘さんは驚くほどのスピードで成長していて、当時の悩みはあっという間に去ってしまっていることに気づきます。

今回の育児試練期の発端は、「抱っこ!」と甘えてくることが増えたことでした。存分に甘えさせてあげようと思っていたはずなのに、私はやっぱり自分の気持ちに余裕がなくて、娘さんと向き合えていなかったのだなと思います。心ここにあらずで抱っこしていたことが伝わっていたのかもしれません。

この言葉を読んでから、”抱っこ”をめんどくさいと思わなくなりました。「抱っこ!」と言って来たら、よっぽどのことがない限り、切りのいいところで家事を切り上げて抱っこするようにしました。

悲しい出来事から数週間が経って、私の心にも”前を向いて生きよう”という余裕がでてきた時期だったこともあると思いますが、娘さんの「抱っこ!」に応えてあげられるようになってから、それまでのイヤイヤ、グズグズが落ち着いたように感じます。

助け合って、支え合って生きていく

今回の流産・死産はとても悲しい出来事でしたが、娘さんの存在に救われました。

退院して、空っぽのお腹で自宅に戻った時、娘さんがいつもと変わらない無邪気な笑顔で駆け寄ってきてくれたことに救われました。

娘さんの前では悲しい顔は見せたくないと思っていたけれど、涙が堪えきれなかった時、彼女はこちらを見ませんでした。見ないようにしてくれているようでした。

私が笑顔でいると、娘さんも最高の笑顔を返してくれるけれど、私が笑顔でなくても、笑いかけてくれる姿を見て、「ママとパパにはいつも笑っていてほしいんだな」と感じました。

今回の件を経て、娘さんとの関係について、親が子供の面倒を見る、お世話する、育てるという感覚から、共に助け合って生きていく存在なんだな、と考え方が変わりました。

辛い時には寄り添って、支え合って生きていく。旦那さんに対する気持ちと同じです。娘さんのことを1人の人間として尊敬し、関係を築いていきたいなと思うようになりました。

1歳10ヶ月頃の娘さんです。

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